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第2話  処刑される悪役令嬢

last update publish date: 2026-10-20 15:16:56

王宮の地下、詮議の間。

石造りの部屋には窓がなく、燭台の炎だけが揺れていた。私は椅子に座らされ、向かい側には、冷たい表情を貼り付けた文官たちが並んでいる。その最奥に、殿下──ルシアン様が立っていた。

「ヴィオラ・フォン・ローゼン。これより、王太子暗殺未遂の件について問う」

文官の一人が、書類を机に広げる。

「まず、これを」

差し出されたのは、小さな硝子瓶だった。中には見覚えのある、赤みがかった粉末が入っている。

「これは、貴女の私室の棚から発見されたものです。成分を調べたところ、殿下のワインから検出された毒と一致しました」

私は、それをじっと見つめた。

「……その瓶に、見覚えはございます。ですが、それを殿下に渡したことは一度もございません」

「では、なぜ貴女の部屋にあったのですか」

答えられなかった。正直に言えば、私自身にもわからない。

「次に、これを」

差し出されたのは一枚の便箋だった。目を通した瞬間、背筋が冷えた。

『今夜、あなたを殺します』

文字は、確かに私の筆跡によく似ていた。けれど──

「これは、私の書いた文章ではございません」

「筆跡鑑定の結果、貴女の字と酷似しているとの報告を受けています」

「似ているだけです。私はこのような文章を書きません」

文官は、私の言葉に耳を貸すつもりがないようだった。淡々と、次の証言を読み上げる。

「さらに、殿下付きの侍女より証言があります。事件当夜、殿下の私室へ向かうヴィオラ様の姿を見た、と」

「その時間、私は自室におりました。誰かと一緒だったわけではありませんが……」

「証明する術はございますか」

「……ございません」

沈黙が落ちる。私は膝の上で、拳を握りしめた。

一つ一つの証拠は、確かに私を指している。けれど、それぞれに小さな違和感がある。この毒を、私は渡していない。この文章を、私は書いていない。この時間、私は部屋にいた。

なぜ、こんなにも都合よく、私に不利な証拠ばかりが揃っているのだろう。

そのとき、それまで黙っていたルシアン様が、静かに口を開いた。

「ヴィオラ」

「……殿下」

「残念だ」

その一言に、これまで抑えてきた何かが、静かに崩れていくのを感じた。

「殿下」

私は顔を上げ、まっすぐに彼を見た。

「本当に、私が犯人だとお思いなのですか」

ルシアン様は、一瞬だけ言葉を詰まらせた。けれどすぐに、感情を押し殺したような声で答える。

「証拠が、そう言っている」

「証拠は、人が作ることもできます」

「では、誰が君を陥れると言うのだ。誰が、君の部屋に毒を置き、君の筆跡を真似た手紙を書き、君に変装して私の部屋へ向かったと言うのだ」

私には、答えられなかった。

わからない。けれど、これだけは確かだ。

「殿下は」

私は、一つだけ確かめたいことを口にした。

「毒が置かれていた場所を、なぜご存知だったのですか」

ルシアン様の眉が、わずかに動いた。

「私の部屋のワイン棚に毒があった、と、先ほどおっしゃいました。ですが、そのことはまだ誰も公にしていないはずです。私自身、今日この場で初めて聞きました」

「……それは」

「なぜ、殿下がご存知だったのですか」

彼は答えなかった。ただ、視線を逸らしただけだった。

その沈黙こそが、私にとって最初の──本当に小さな──手がかりだった。

「これ以上の問答は無用です」

文官の一人が、書類を閉じながら告げる。

「ヴィオラ・フォン・ローゼンは、王太子暗殺未遂の罪により、七日後の処刑を宣告する」

七日。

その言葉が、地下室の冷たい空気の中に、重く沈んでいった。

騎士に両脇を抱えられ、私は詮議の間を後にする。石段を降りるたび、光が遠ざかっていった。

牢の鉄格子が、背後で音を立てて閉じる。

湿った石の床に座り込み、私は膝を抱えた。

このまま、黙って処刑されるわけにはいかない。

涙は、なぜか出なかった。代わりに、頭の中には冷静な問いだけが渦巻いていた。

──毒は、誰が買ったのか。

──手紙は、誰が書いたのか。

──あの夜、私の姿をした女は、誰だったのか。

──そして、殿下はなぜ、知るはずのない情報を知っていたのか。

七日間。

それだけの時間で、すべての真実を暴かなければならない。

暗闇の中、私は静かに、けれど確かに、決意を固めた。

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